遥かなる水の音

村山由佳「遙かなる水の音」~切ない涙がこぼれる名作

村山由佳さんの小説「遙かなる水の音」を紹介します。

パリで一人の青年が息を引き取りました。

彼の望みは、

「遺灰をサハラにまいてほしい」。

その遺言を受けて、彼の姉、同居人であるゲイのフランス人、友人のカップル達が、それぞれの思いを胸に旅立ちます…。

切なくも透き通った涙が溢れる作品の紹介です。

●「遙かなる水の音」あらすじ

遥かなる水の音

https://www.amazon.co.jp/

 

パリに住む青年・周(あまね)が望んだ最期の願いは、

「自分の遺灰をサハラにまいてほしい」

でした。遺言に従い、周の同居人だったゲイの男性、周の友人カップル、周の姉、そして魂だけの存在になった周が、共にサハラを目指します。

悲しい旅路の果てに、彼らは何を見たのでしょう…。

フランス

●どこまでも、どこにも続かない旅

これほど悲しい恋愛小説があっただろうか、と思うほど感動した作品でした。

旅をする人みんなが周を愛して、その死を悼んでいるのに、魂だけの存在になった周はどこか安らかな気持ちで彼らを俯瞰しています。

この奇妙な落ち着きと、村山由佳さんが前作に書いた「W/F ダブルファンタジー」の強烈さと比べられてしまったことが、「遙かなる水の音」という作品を「あまり印象が深くない」といった評価が多い作品にしてしまったのかもしれません。

「遙かなる水の音」は一見するとサハラまでのロードノベルのような見方が出来ますが、実際はそれぞれの恋愛を描いた物語であるといった視点でも見ることができます。

愛情の形はそれぞれです。

友情の愛、家族愛、最期まで言う事ができなかった愛…。

それらの想いが交錯し、やがて昇華され、儚くサハラの砂にのって流れていきます。

終章である、遺灰をまく時も、皆じっとだまって周の遺灰をサハラの風にのせます。

そこに吹く熱い風、太陽の熱さ、やがて誰かのすすり泣く声…。

それらが、すぐそこで聞こえ見えるかのような錯覚さえ覚えます。

周の魂は、苦しみの果てにようやく安息の地を見つけて静かに思います。

生まれ変わらなくてもいい、灰のままでいい、と。

この辺りの文章はもう神がかっているとさえ感じるもので、読んでいて涙と鳥肌が止まらなくなるような文章です。

印象が薄い?

とんでもない、これほど悲しく辛く、透きとおった愛の形を描いた作品は、これから先の村山由佳さんに描けるのだろうか、と図々しくも心配する程、魅力に溢れた小説です。

決して派手なシーンもショッキングな内容もありませんが、深く深く、それこそ水のように染み渡るような一冊です。

たくさんの人に読んでほしい、と同時に、決して映像化などで雰囲気をこわしてほしくないと、心から願いたくなる小説です。

●それぞれの愛の形をどう感じるか?

以上、村山由佳さんの小説「遙かなる水の音」を紹介しました。

全体的に淡々とした展開が続きますので、デビュー当時の村山由佳さんの小説が好きな人におすすめしたい小説です。

静かな夜に、読みたい一冊

それぞれの愛の形を、あなたはどう感じるのでしょうか。

ぜひ一度読んでみて下さいね。

WF

村山由佳「W/F ダブル・ファンタジー」~「黒」ムラヤマ誕生!?

今まで「天使の卵—エンジェルス・エッグ」や「すべての雲は銀の…」といった、爽やか青春小説家、として人気だった村山由佳さんですが、今回紹介する「W/F ダブル・ファンタジー」で大化けしたような印象と衝撃を受けました。

そんな「黒」ムラヤマ全開の「W/F ダブル・ファンタジー」を紹介します。

●「W/F ダブル・ファンタジー」あらすじ

WF

https://www.amazon.co.jp/

 

脚本家としての仕事で成功をおさめた主人公・奈津。

しかし家では夫の省吾に気を遣い、居心地の悪い生活を続けていました。

そんな息苦しい毎日の僅かな救いになっていたのが、尊敬する演出家・志澤とのメールのやり取り。

徐々に思いを募らせる奈津はとうとう志澤に誘われて、家を飛び出しますが…。

●性表現の突飛さが話題に…

「W/F ダブル・ファンタジー」は中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞のトリプル受賞として話題になった小説ですが、肝心の中身ではなく性的に奔放な主人公、奈津ばかりが悪目立ちしてしまった作品でもあります。

今までの村山由佳さんの小説作品とは大きく内容が違い、何度も表紙を見て「これ、村山由佳さんの小説だよね」と確認した覚えがあります。

主人公、奈津は呆れるほど多くの男性と性的関係を持ちます。

その中でも特に、大学時代の同級生、岩井との関係には胸が締め付けられるものを感じます。

妻子ある岩井との恋愛はいずれ終わりを迎えると双方が気づいているのに、気づかない振りをして今この瞬間の行為に没頭する二人。

何だか痛々しくさえ感じてしまうのは、岩井の、

「なっちゃん」

という呼び方のせいでしょうか。

そうして夫の元から解き放たれ、多くの男性と関わりを持った奈津が得たものは、

「ああ。なんてさびしい。どこまでも自由であるとは、こんなにもさびしいことだったのか…。」(本文より)

読んでいる方もさびしくなるような結論ですが、奈津はそれでも、浴衣をからげて自分ひとり落とした下駄を探しにゆきます。

この最後の一文が奈津の、そして私たちの生きる姿と重なるようで、苦しくも切なくなってしまいます。

●共感と嫌悪感が引き立つ小説

この小説は本当に賛否両論激しい小説ですので、もしかしたら読むと不快感があるかもしれません。

小説の世界

「馬鹿な女だな」と奈津に対して思うかもしれませんが、私としては「自由を得るための戦いと、それに対する犠牲の多さ」といったものを描いた小説だと思うので、多くの人に読んで欲しい作品のひとつだと思い、紹介しました。

共感を得るか、しょうもない女だ、と呆れるかはその人次第。

ぜひ一度読んでみることをおすすめします。

以上、村山由佳さんの小説「W/F ダブル・ファンタジー」の紹介でした。

翼

「翼―cry for the moon」~550ページの大長編!

村山由佳さんの小説「翼―cry for the moon」を紹介します。

母親からの育児放棄や暴力的な言葉から逃げるようにニューヨークへ渡った日本人女性、真冬。

どれだけ必死にアメリカ人になろうとしても、マフィという名前で呼ばれても、決して変えられないもの。

そしてもう一人、白人と黒人の境界線で悩む青年、ブルース。

真冬の結婚相手、ラリーの死によって巡り会った二人は、次第にお互いに惹かれるようになり…。

そんな壮大な物語の紹介です。

●「翼―cry for the moon」あらすじ

翼

https://www.amazon.co.jp/

 

父親の自殺により、心が壊れた母親から虐待を受けて育った真冬は、母親を捨て去るように日本から飛び出してアメリカへ渡り、そのまま国籍を取得しました。

傷を背負ったまま、新しい人生をラリーと共に生きる決心を固めた、まさにその瞬間に、目の前でラリーは死を迎えてしまいます。

再び大きな傷を背負った真冬は、ラリーの義弟であるブルースと出会い…。

●550ページの長編の魅力

「翼―cry for the moon」は550ページもの大長編小説です。

あまりの本の分厚さに少々腰が引けてしまう人もいるかもしれません。

しかし、村山由佳さんの小説の魅力はここでも遺憾なく発揮されていて、とても読みやすい文章でスイスイ内容が頭に入ってきます。

内容は虐待や人種差別といった、とても重い内容であるのにもかかわらず、疲れる事なく読むことができるのが凄いところです。

村山由佳さんの小説の中では特にこの「翼―cry for the moon」の人気が高いようです。

作者である村山由佳さん自身も、登場人物のブルースに大変思い入れがあるようで(何でも高校生の時に作ったキャラクターだそうです。凄いですよね)力がこもっているのがよく伝わります。

何となく“読まず嫌い”をしている人も多いようですが、この小説は読まないともったいない!と熱くおすすめしたい小説です。

今まで何とも思っていなかったインディアンという存在が抱える問題や、境界線に生きる者の苦悩、出会いや別れなど、何度読んでも新しい発見がある、見た目の重量以上に「重い」本だと思います。

気楽に読むのには向かないかもしれませんが、読んで後悔することはきっとない、と言い切れる位の小説だと思っています。

●「翼」を読まないと真の村山由佳ファンではない!?

書籍

以上、村山由佳さんの小説「翼―cry for the moon」を紹介しました。

読了後はきっと、感動の涙に包まれるであろう、村山由佳さんの真骨頂とも言える小説です。

読んだことのない人はこの機会に、読んだことがある人は何度でも読み返して欲しい作品です。

すべての雲は銀の…

村山由佳「すべての雲は銀の…」~全ての人に幸せを…

都市圏に暮らす人の中には、田舎暮らしに夢を抱いている人もいるのではないでしょうか?

自然が豊かで、人との温かい交流もあって…、と魅力を感じているのかもしれませんね。

しかし、実際に暮らしてみると、それなりに不便や、ややこしく感じる事も多いのです…。

今回は村山由佳さんの小説「すべての雲は銀の…」を紹介します。

●村山由佳「すべての雲は銀の…」あらすじ

すべての雲は銀の…

https://www.amazon.co.jp/

 

恋人の由美子の気持ちを、よりによって実の兄に奪われてしまった主人公・祐介。

友人のタカハシの紹介を頼りにたどり着いた先は、信州にある小さな宿、「かむなび」。

頑固者の園主、園主の身内である瞳子とその子供、健太。

花の仕事をする女の子たち。

由美子の影を忘れようと、必死に仕事に取り組む内に、祐介の周りにいる人たちも、辛い傷を抱えている事に気づいてきて…。

●赦しの物語、赦されたい人たち

最初にこの「すべての雲は銀の…」を読んだときは、祐介の気持ちが痛いほどに伝わってきて、「絶対に由美子と兄貴は許せない!」と憤っていたものです。

何度かこの本を読み返し、それなりに人生経験というものを積んだ後に読んでみると、なるほど祐介の幼い怒りや、最終的に何故祐介が由美子を赦そうと思ったのか、じんわりと伝わるような気がします。

シビアな言い方をすれば、過ぎ去った時間はもう戻りません。

どれだけ後悔や憎しみを募らせたとしても、幸せな時は二度と戻らず知らなかった頃にはもう戻れません。

そのまま憎しみを募らせながら一生を暮らすのもいいでしょう。

ですが、祐介はそれを良しとしませんでした。

こんな自分が嫌だ、中途半端な自分でいたくないと願い、ふと、由美子はそんな自分を赦してくれていたんだな、と気づき、次第に由美子を赦す気持ちが芽生えていきます。

「すべての雲は銀の…」は赦しの物語だと思います。

赦すというと、傲慢な響きに聞こえるかもしれませんが、人は誰かに赦され、また誰かを赦して生きているものなのでしょう。

これは祐介と由美子に限った話ではなく、園主や瞳子さんなども同じように誰かに傷つけられて、それでもひたむきに生きていこうと努力をしています。

物語のクライマックスで、祐介は多くの人を傷つけてしまい、中途半端な自分にケリを付けるため、一度東京へ帰るところで終わります。

おそらく、祐介と由美子の関係はそこでようやく終わりを迎え、祐介は再び歩き出すのでしょう。

それを読者が見ることはありませんが、祐介ならなんとか上手く、「かむなび」でやっていくのだろうな、という希望に満ちた物語です。

息もつかせない展開や、大どんでん返しといった小説ではありません。

ですが、こののんびりとした展開の中にも、たくさんのドラマと感動があって、ファンタジーやサスペンス小説とはまた違った魅力を感じるのです。

●心が少し疲れた人へおすすめしたい作品

村山由佳さんの小説「すべての雲は銀の…」を紹介しました。毎日の仕事でくたびれている人や読んだ後にほっとした気持ちになりたいような人におすすめしたい作品です。

疲れた猫

ぜひ一度読んでみて下さい!

天使の卵

村山由佳「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」~恋愛小説の出発点!

作家の村山由佳さんのデビュー作、「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」を紹介します。

ここまでひたむきに、誰かを愛したことがありますか?

恋って、こんなに苦しいものだったっけ…

そんなほろ苦い恋心を思い出させる、悲しい恋の物語を紹介します。

●「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」あらすじ
主人公の歩太は19歳の浪人生。

天使の卵

https://www.amazon.co.jp/

 

好きな絵で美大に行くか、堅実な人生を歩むために生きるべきかを悩むうちに、大学試験に失敗してしまいました。

そして、その年の春に偶然巡り会った精神科医、春妃に衝撃的な恋をしてしまいます。

彼にはガールフレンドの夏姫がいたけれど、どうしてもこの気持ちは止められなくて…。

●さびしい人々が、愛をはぐくむ物語

人々

村山由佳さんのデビュー作である「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」ですが、確かにデビュー作という事もあり、稚拙で早急な展開だな、といった感じはします。

そういったレビューも多く見かけます。

しかし、この痛々しいほど純真は愛情を描いた物語は、その後の村山由佳さんには描くことが出来ない、ある意味では唯一無二の作品となりました。

多くの人にこの「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」が支持され、映画やコミックといった作品に昇華されたのは、この作品がかつて自分の中にあって、二度と戻ることがない感情が隠されていることを知っているからではないでしょうか。

「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」のラストは悲劇で終幕を迎えます。

私たちの心の中にも、主人公の歩太のように、ぽっかりと取り残された感情がどこかにあるからこそ、この物語は多くの人々の胸を打つのかもしれません。

●歩太が行き着く先は…

「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」は、春妃の死をもって終わりを迎えます。

歩太は、春妃と過ごした彼女の部屋を守りたい、と願いながらも、それは叶わない事だと自分でも分かっていました。

春妃との写真さえなかった彼の手に残ったのは、彼女を描いたクロッキーと、赤ん坊の小さな靴下。

おそらく歩太はそれだけを持って、春妃の部屋を出たと思われます。

私たち読者が感じる、空虚な感情はそのまま歩太のものであり、その空っぽな感情を抱えながらも、私たちと歩太は生きていかねばならないと痛感させられます。

人は、死んだ人には追いつけないものだから。

ちなみに「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」はその続編として「天使の梯子」「ヘヴンリー・ブルー」「天使の柩」が発表されおり、春妃に置いて行かれた人々の静かな再生が描かれています。

こちらも感動の作品となっていますので、気になった人はぜひ読んでみて下さい。

●静かな感動を与える物語

以上、村山由佳さんのデビュー作「天使の卵ーエンジェルス・エッグ」を紹介しました。

物語は淡々と、あるいは平坦に描かれていますが、その静かさがよりさびしさを際立たせるような印象の作品となっています。

せつない程純粋な恋愛小説を読みたい、という人にうってつけの作品となっていますので、ぜひ読んでみて下さいね。