放蕩記

村山由佳「放蕩記」~娘は母の呪縛から逃れられない?

村山由佳さんの小説には、主人公を追い詰めるような母親が多く登場します。

ある母親は自殺してしますし、別の母親は宗教に傾倒して、言葉の暴力で主人公を虐げますので、読者の視点から見ると「村山由佳さんは、母親と上手くいってないんだろうな」といった雰囲気を読み取っていました。

その雰囲気を確信させるような作品、村山由佳さんの小説「放蕩記」を紹介します。

●「放蕩記」あらすじ

放蕩記

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小説家の夏帆は、幼いときから現在に至るまで、母親への反発と恐れを胸に抱いて生きています。

母親の悪気のない、けれどその分きつい言葉にいちいち傷つき、憎しみを募らせる自分にもうんざりとしている夏帆。

改めて夏帆と母親の関係に向き合う夏帆に、母親の認知症という事実が突きつけられて…。

●血の鎖に縛られる母娘

この本が出版されたとき、読者から賛否両論の嵐が巻き起こっていました。

この作品は、主人公=村山由佳さん、と位置づけるのは短絡だと思いながらも、明らかに本人だと分かるような書き方をしています。

夏帆が書いた小説は、タイトルこそありませんがほとんど村山由佳さんが過去に書いた小説を思い起こさせますから。

レビューを見ると、

「自分もこういう母娘の関係に悩んでいたから、救われた」

という人と、

「反論できない母親に、この書き方は卑怯だ」

という意見と。

どちらの言い分も正しいよな、と思います。

かくいう私も、最初に読んだときはこの主人公である夏帆が大嫌いだと思いましたから。

どれだけ作者の村山由佳さんが意識しているのかは分かりません。

ですが、どれ程厳しく母親をののしっても、その言葉は全て自分にも返っていくのです。

「78歳のわがまま娘。始末に負えないといえば、これほど始末に負えないものもない」

本文の言葉ですが、私から見ると夏帆だって似たり寄ったりだろ、と突っ込まずにはいられません。

もういい年なんだから、母親と、夏帆自身を責めるのは止めた方が良いのに、とも思います。

身も蓋もない言い方をすれば、例え親子だとしても相性はあると思います。

どれ程近しい家族でも、理解し合えない部分があって、それを赦しあえないのであれば、血の絆はただの鎖になってしまい、双方を傷つけるだけなのでしょう。

夏帆に対して「ずるい」と感じるのは、母親の言い分を聞かずに、一方的にまるで「告げ口」のような形でこういった文章を発表したからです。

過去に夏帆が万引きを犯したとき、過剰に泣きわめく母親に冷たい視線を浴びせかけたように、「あなたがそれを言うな」といった気持ちにさせられるのです。

少々厳しい書き方をしましたが、それでもこの小説は何度も読んでしまうのです

多分それは、最後に夏帆が、

「そりゃあ、母娘ですから」

と告げる、この台詞に夏帆と読者が救われるからなのかもしれません。

あまりにもさりげなく、少々ひねくれた書き方をされているので見落としてしまいがちなのですが、この台詞で「放蕩記」は「救い」の物語になったのかもしれません。

●母親から生まれた人たちへ

親子

前述の通り、賛否両論激しい小説ですが、それでもたくさんの人にこの本を読んでもらいたいと思います。

何が正しいのか、間違っているのかは分かりません。

読んだ人がそれぞれに感じた事が、正解なのかもしれません。

以上、母親をもつ、全ての人に読んでほしい作品「放蕩記」を紹介しました。